小さい頃はよう手伝っていました。その頃はもう年末は楽しかったですね

いらっしゃいませ。
昭和27年12月に両親が苦労して開業しました。
もう初めは板宿北市場と言うとったんですけども、板宿きたいちばになったのは震災後からです。
もう65年くらいなりますね。
一番当初から営業しとんです。
小さい頃はよう手伝っていました。
その頃はもう年末は楽しかったですね。
年末なんかは一晩中集まってガヤガヤ言うとったような感じはします。

ガスボイラーなってからは、ものすごい便利が良くなりました

昔はもうほんまに、一番最初は、僕が来た頃は薪で、地釜で炊いていました。
もうなんせ沸くまでに時間掛かりました。たいへん。
その後石炭に代わって、持ちが良くなって良かったんですけども。
灯油に変わりまして、ボイラーに変えたんですね。
その後、クリーンなガスボイラーに変わって。
ガスボイラーなってからは、ものすごい便利が良くなりました。
全く効率も良くなりました。

スクリュー式絞り器になってからは、もう全然濃度が濃いのはなんぼでも出来るし

もう一つ困った、大変やったのは、豆腐をこう煮たやつを絞るときに、初めはジャッキで手で絞っとったような感じやったね。
だからよく、ちょっと袋が割れて火傷とかなんかはよくしたんですね。
その後、普通のプレス式の電気のプレスの絞り器なったんですけど、それも完璧に絞ることはちょっと難しくて。
今のこう言うスクリュー式絞り器になってからは、もう全然濃度が濃いのはなんぼでも出来るし、調節はどっちも出来るんですよ。
豆乳とおからがブワッと分離して出来てしもうて、こう言う状態になるんや。だいたいね。
そういう経路もありました。

塩田にがりを使ってみることをいろいろ実験し始めとったんですけども

地震の頃にちょうど仮設に行っとったんです。
都市計画で仮設で営業しとったんですけども。
ちょうど建て替え中で良かったと思ってます。
平成7年の11月にオープンして、22年間も経っていますね。
自分の代になってからは塩田にがりを使ってみることをいろいろ実験し始めとったんですけども。
ちょうど新装開店なった頃に実行することになりまして、その頃あれこれ試行錯誤して、失敗も長いことよく続いたんですけども。
こう言う絞り器の、完璧な絞り器を導入して、それからは塩田にがりに関しては上手く行きましたね。

塩田にがりを使うのは、豆腐の大豆の味がそのまま出るんで

やっぱり塩田にがりを使うのは、豆腐の大豆の味がそのまま出るんで、大豆の旨みとか甘みがよく出るんですね。
従来の前の豆腐も捨てがたいとこあるんですよ。
だから両方、一応置いてるんですけどね。
だから湯豆腐なんかは従来の方が良いみたいな感じですね。
こう言う寄せ豆腐なんかは、かなり持ちが良いんですね。
普通のあれでその中で固めてしまうから。
ほんで滑らかさもあるから。
普通変わらないので。
ただ中でばらつくことがあるから、それが難点なんですけどね。
一推しはね。やっぱりこういう寄せ豆腐なんかの方が、もうほんまに甘みとか滑らかさがすごく伝わるような感じです。
だから何も付けずに食べても食べられんことはないんですね。
なんせ新鮮さを求めて作ってます。