1 再び発見される神戸

神戸開港150年。世界は神戸を発見しました。
多くの外国人が神戸の港に足を踏み入れ、ある人は日本人と共に暮らし、ある人は祖国に帰って日本のことを伝えました。当時の外国人が日本を訪れた印象を述べた言葉が多く残っていることを私たちは知っています。
それは同時に西洋列強の脅威にさらされながらも、日本人が必死に西洋に学び、西洋に負けないように国力を拡大し、不幸な戦争を経て、なお競争に明け暮れた時代でもありました。
あれから150年。21世紀を迎えて、世界は大きく舵を切りつつあるようです。
合理主義、効率、拡張主義、グローバリズムの名の下に、私たちは何かを失いながら空しい豊かさを享受していることに気付き始めています。
ワークライフバランスが叫ばれ、人々の価値観は多様化し、三種の神器を求めていた人々は断捨離に励むようになりました。
合理主義の国フランスでの日本のアニメへの憧れは、150年前のジャポニスムを彷彿とさせます。150年前に彼らが日本に見つけたもの、私たちが失いつつあるものを、世界の人たちは日本の中に再発見しているのではないでしょうか。
神戸における小売市場は、私たちが失ってはならない豊かさを再発見するカギになると私は考えています。

2 市場の存在は暮らしの豊かさ

ICHIBA-KOBEプロジェクトを通して、市場の人たちのインタビューに触れていると、企業の価値観とはおよそ真逆のものを感じます。
合理主義、効率主義、拡張主義の中で暮らしている企業戦士、サラリーマンが多くを占める市民には、市場はよく分からない存在になってきたのかも知れません。
多くの都市で市場が無くなってきていること、市場が観光地化するなど別の生き方を見つけようとしていることは無理からぬことなのでしょう。
市場は効率的な場所でも合理的な場所でもありません。しかし豊かな場所であることは間違いありません。
大安亭市場の桑山理事長は、大安亭市場の特徴としてたくさんの店舗があることを挙げています。同じ業種の店舗がたくさんある。忙しい現代人にはおよそ効率的だとは思えません。しかし、少し道草をして自分にあったお店を見つける「豊かさ」をそこに感じます。
マルシン市場の森理事長は、テーブルにちょっとランチョンマットを敷く、そんな食卓の心遣いを私に話して下さいました。そんなちょっとした心遣い、小さな豊かさの提案、森理事長の言葉を借りれば「ちょっと持って帰ってほしいもの」が市場には溢れています。
セルバ名店会の泉理事長のお店には値付けの機械に入っている品目だけで800種類以上のお総菜があるそうです。およそ効率的だとは思えませんが、お客さまと向き合い、お客さまの声に耳を傾けながら、お客さまとともに品目を増やしてきたこれまでの営みを感じます。「ご要望にお応えしたい」という泉理事長の言葉は、この品目の数に具体的に裏付けられています。
市場の各店舗の競争力は乏しいかもしれません。近代的な経営手法から見て不合格かも知れません。
しかし、私は、市場が今も神戸で親しまれていること、そこに神戸市民が失ってはならない「豊かさ」を感じます。市場の繁栄は神戸市民の豊かさの指標です。神戸市民にそのことをもっと感じてもらいたいのです。

3 ICHIBA-KOBEプロジェクト

市場関係の人から、こんな話を何度も聞いていました。
「市場の商品は安心安全」、「市場の商品は美味しい」
そんなことはあり得ないと私は思っていました。
人の手で、すぐそこの小さなスペースで作っている商材が安心安全なんてとんでもない。最新鋭の工場で作られているもののほうがずっと衛生的で安全じゃないか。
同じ海から獲れた魚が美味しかったり美味しくなかったりするはずがない。新鮮だって言うけれどもさっき獲れたのは一緒じゃないか。そんな私の疑問に対して納得のいく答えを与えてくれる人は居ませんでした。
市場の人たちのインタビューを聞いていて、よく分かりました。
現代的な価値観で言えば、栄養価や糖度、残留農薬、そして値段、そんな「数値」を使って野菜の価値を測ったり伝えたりすることは出来るかも知れません。しかし、それは本当に「豊か」でしょうか。
市場からは「俺が選んだ野菜は美味しい」「不味い野菜は仕入れない」「孫に食べさせたいものしか売らない」そんな声が聞かれます。
企業の論理では、野菜は「商品」なのでしょうが、市場では野菜は「メッセージ」なのではないか。そんな気持ちさえします。
企業の論理では、「評価」するための「数値」や「形容詞」が欠かせません。
市場の論理では、「俺が美味しい言うものは美味しい」という共感がそれに変わります。
どんなに美辞麗句を並べたところで、「市場の良さ」は伝わらないということを、ICHIBA-KOBEプロジェクトを通して私は実感しています。
何も加えず、何も飾らずに「市場」をそのまま伝えたい。その思いで私たちのICHIBA-KOBEプロジェクトは進めていきたいと考えます。
開港150年を経て、もう一度、市場とともに暮らす豊かさを市民の皆さんに見つけていただきたい。
そのために私たちはICHIBA-KOBEプロジェクトを通して、今行っている動画の配信だけでは無く、市場と市民を繋ぎ、市場のそのままを伝えるための企画を実現していきたいと考えています。

4 新しく見直される市場の可能性

2000年続いた魚座の時代から水瓶座の時代に移りつつあると言われています。
もちろん、ここで占星術を論じるつもりはありません。しかし、不思議と頷けるところがあるのも確かです。
制限された物を争う魚座の時代から、共感と調和の水瓶座の時代へ。市場の時代の到来です。
おそらく、これを一番感じているのはスーパーです。
スーパーは間違いなく、市場の良さを取り入れようとしています。お客さまとのコミュニケーション、総菜の内製化やオープンキッチン、魚の調理など、きめ細かい対応を始めています。
下図は、ICHIBA-KOBEプロジェクトYouTubeチャンネルの閲覧状況です。

Figure 1 Youtubeチャンネル閲覧時間の世代・性別による比率

この期間はまだFacebookでのプロモーションはしていません。総閲覧時間は1846分、視聴回数は1521回です。
同じ時期、流入元の53%は外部サイトです。市場連公式サイト(41%)ICHIBA-KOBEプロジェクトブログ(8%)。以下24%がYouTube内の関連動画、9.3%YouTube内検索となっています。
平均再生時間1:13、平均再生率55%と、しっかりと動画を見ていただいていることが分かります。
注目されるのは、若年層の関心、特に男性の関心です。
YouTubeを見ている層だと言ってしまえば、その通りかも知れません。
それでも若い男子がわざわざこの動画を選び、長い時間を1つの動画に費やしていることを見ると、この現象がとても面白く感じられます。
若い男子にとって「小売市場」は目新しい場所では無いでしょうか。
私たちは市場を「懐かしい」と思いがちです。しかし、彼らはもっと違う感覚で見ているのかもしれません。彼らがそこに感じている魅力は何かというところが知りたいところです。
全体の男女比率が65:35と男性が多いようですが、日を追うごとに女性の占める割合が増えています。
25~34、35~44の子育て世代、特に25~34の女性、子どもが産まれて食に関心を持ち始めた女性にアピールすることが今の課題だと感じています。
そのためには、市場の店主が持っている個性や想いを伝える物語が必要です。
それは彼女たちにとって「新しい」体験でありましょう。

5 ICHIBAファンクラブ

市場の最大の強みは、家族経営、個人経営と言うところに有るのではと感じています。
例えば「お客さまのご要望にお応えする」と言うとき、企業であればそれは差別化の言葉、わざわざそうしているのだというアピールとして受け止められます。
ところが市場ではそう言うニュアンスを感じません。「私が出来るからやっといてあげるよ」。「差別化」あるいは「サービス」と言うよりも「親切」と言った意味合いを感じます。
市場では、それがとりわけ特別な物だともアピールするものだとも、対価を取ることさえ考えていないようです。「他のお店でもやって欲しい」という言葉が出ることさえあります。
このように「市場の強み」は「安心安全」や「美味しい」ではなく、「家族経営」「個人経営」つまり、売り手と買い手が同じ目線で居ることなのだろうと思います。
だから必然的に「孫に食べさせたいものだけを売る」という言葉が出て来るのでしょう。そしてそれが「安心安全」「美味しい」というところに繋がってくるのでしょう。
考えてみると少し前まではこれが当たり前でした。
サラリーマン家庭が多くを占めるまでは、むしろ市場のような「家業」を持っている家庭が普通でした。パン屋の●●ちゃん、お好み焼き屋の△△ちゃん、そう呼ばれる友人がたくさん居ました。人々は町の中で自分の役割を持って、大きな家族付き合いをしていました。
今からそう言う時代に戻るわけには行きません。しかし、ここにヒントが有ると思います。
市場を活性化するカギは「売り手」と「買い手」の両方が同じ目線で出会うことです。
そのために「市場」と「生活者」が出会う場所を用意したいと考えます。それが「ICHIBAファンクラブ」です。
市場と生活者がともに自分たちの思いを語り合える場所。そこで得たことを少しでも市場にも活かしていただき、生活者にもシェアしていただき、市場と生活者の輪が広がっていくことを願っています。

6 商店街・市場応援隊からの支援

この仕事は他の誰かに任せるわけには行きません。市場自身が市場連合会のリードの元に取り組むべき事業です。
幸いなことに、市場には「商店街・市場応援隊」という仕組みがあります。
彼らは市場をともに支えていきたいと集まっていただいている「個人」です。
応援隊の皆さんにもこの趣旨をご理解いただき、仲間としてICHIBA-KOBEプロジェクトを支えていただきたいと考えています。
応援隊の皆さんの知見や能力は、ICHIBA-KOBEプロジェクトのために必要です。
応援隊の皆さんにはぜひご協力いただきたいです。

7 最後に

ICHIBA-KOBEプロジェクトを通して個性豊かな市場の皆さんに触れるにつれ、小賢しいマーケティング理論が通用しないことを実感しています。
市場というものは、生活者と触れている限りにおいて、常に変化し常に新しく居られるものなのでしょう。つまり市場の活力の元は生活者との接点に有ると思います。
生活者との接点をどう作っていくかと言うところ、そこを市場だけで考えることには限界があります。
今後、行政を始め、協力者をどう見つけて、どう巻き込んでいくのかが課題になるでしょう。少し落ち着いてきたら、そのあたりの智慧を皆で出していければと思っています。
市場に行くべきだ、スーパーより市場の方が優れていると言っているのではありません。
週に1回でも、月に1回でも、ちょっと寄り道をしてみてはいかがでしょうか。
市場は、そんな寄り道にはピッタリの場所です。

福田 浩
昭和36年生まれ アートシステムコンサルティング代表 ウェブコンサルタント ビジネスコーチ
ICHIBA-KOBEプロジェクトでは動画編集、ウェブ関連を担当